弁護士による医療法人法入門(1)
医療法人になるとはどういうことなのか?
医師が独立開業をした場合、まずは個人診療所としてスタートするのが一般的ではないかと思います。そして、数年経ち診療所の経営も軌道に乗ってきた、という頃に医療法人への法人化を検討することになるでしょう。
法人化を決断するにあたっては、特に税務処理を担当している税理士から節税や福利厚生の充実、退職金の準備ができるなどのメリットを提示されて踏み切るケースが多いようです。医療法人化にあたってはこのような金銭面のメリット・デメリットについてのみが語られて、医療法人になることによって法律上何がどう変わるのかという検討はあまりなされない傾向にあります。
「医療法人になることによって、行政への届出は多少煩雑になるがそれ以外は変わらない」という認識の医師の方もいらっしゃるようです。しかし、医療法人になることによって、場合によっては創設者の医師であったとしても除名・解任されご自身の病院・診療所から去らなければならない状況に置かれるリスクもあり、前記のような認識は非常に危ういものだと感じています。
医療法人化を検討されている医師あるいは現に医療法人の理事長である医師にとって、「医療法人とはどういうものなのか」「医療法人になるとはどういうことなのか」ということを正しく理解しておくことは非常に重要だと思っております。
これから数回にわたり、医療法人とは何なのかといったことについて、法律的な観点から解説をしていきます。医療法人は、「医療法」という法律で定められていますが、特に法律を読まなくてもご理解いただけるように書いていくつもりでおります。
今回は、個人病院・診療所が医療法人になることによって、法律上何が変わるのかという点を解説したいと思います。
個人病院・診療所の場合は、病院・診療所の所有者・経営者は院長である医師個人です。例えば、看護師を雇ったとすると医師が雇用主になりますし、給与も医師個人が支払うことになります。患者さんから受け取った自己負担分の診療報酬も医師個人の所得となります。院長である医師が診療所の金庫からこのお金を持ち出したとしても、自分の財布から出したことと同じですので法律上は問題ありません(経理上は問題かもしれませんが)。
これに対して、医療法人を設立すると、当事者として創設者である医師と医療法人の二人の人間が存在することになります。この表現には奇妙な印象を受けるかもしれませんが、「法人」とは法律によって人格を与えられた架空の人間のことをいうため、このような表現になります。実在している人間と区別するために、法律上の人間という意味で「法人」と呼ばれています。
医療法人化をすると、創設者の医師とは別の人間である医療法人が病院・診療所を所有・経営することになります。看護師を雇ったとすると医療法人が雇用主になり、給与も医療法人から支払われます。患者さんから受け取った自己負担分の診療報酬も医療法人の医業収入となります。そのため、たとえ医療法人の理事長であったとしても金庫からこのお金を持ち出したとすると、他人(医療法人)の金銭を勝手に持ち出したことになります。
このように医療法人化することによって、病院・診療所の所有・経営の主体が医療法人となり、創設者の医師個人からは完全に分離することになります。
つまり、医療法人化することによって、病院・診療所の外見それ自体は全く変化がないにもかかわらず、「院長先生の病院・診療所」ではなくなり「医療法人の病院・診療所」となります。
ただし、医療法人が病院・診療所を経営するといっても、医療法人はあくまで法律で作られた架空の人間にすぎませんから、実際に医療法人及び病院・診療所を運営・経営していくためには実在の人間による組織が必要になります。
この組織が社員総会、理事会であり、その構成員が社員・理事ということになります。
医療法人の組織・構成員については次回以降に説明したいと思います。
(平成25年4月3日 文責:弁護士鈴木沙良夢)
なお、本文の内容は作成された当時における法律や規則に基づいております。その後の法改正などにより現時点では的確ではない内容となっている場合があることをご了承ください。