弁護士による医療法人法入門(11)
医療法人の理事長について(1)
今回から医療法人の理事長について説明をしていきます。今回はその中でも理事長の権限について説明をしたいと思います。
世間的には非常に大きな権限を持っていると思われていて、実際にそのように行動されている理事長の方も多いのですが、法律や定款によって認められている権限はあまり明確ではないというのが理事長という役職の特徴です。法律を見ていきますと、医療法で定められている理事長の権限としては
・理事長は、医療法人を代表し、その業務を総理する。
・理事長は、必要があると認めるときは、いつでも臨時社員総会を招集することができる。
になります。理事長に関する他の規定はどちらかといえば、権限というよりは理事長がしなければならない義務について定めたものです。
理事長の権限のうち社員総会の招集についてはわかるのですが、もう一つの「医療法人を代表し、その業務を総理する」とはどういうことなのでしょうか。
「医療法人を代表」については、比較的わかりやすいです。医療法人といっても実際に何かをする際には実際に人が動かなければなりません。そのため、医療法では理事長が医療法人のためにした行為は医療法人の行為となるとしているのです。
具体的に説明しましょう。医療法人が金融機関から貸し付けを受けるときに「医療法人社団○代表者理事長○○○」と記名して法人印を押したとします。そうすると理事長個人ではなく医療法人が金融機関から借り入れたことになります。 もちろん、理事長が連帯保証をすることもありますが、これはあくまで理事長個人として保証をしたからであって、お金を借りたのはあくまで医療法人ということになります。
これが「医療法人を代表」の意味になります。株式会社における代表取締役と似たような役割と考えてもらってよいかと思います。
それでは、「業務を総理する。」とはなんでしょうか。正直なところ、「総理」がどのような権限を意味しているのかはよくわかりません。
理事の権限についてはモデル定款などですと「常務を処理し」と書いてありますが、理事長は常務を行う理事を取りまとめて医療法人の業務が円滑に行われるようにする役割だ、と考えることはできます。医療法人を統括し管理する役割ということです。
ただ、理事長による総理の意味をそのように捉えたとしても実際にどこまで理事長の専権でできるのか、つまり社員総会や理事会に諮ることなく理事長ができることはなんなのか、という具体的なところが明確になりません。
少し掘り下げて考えてみましょう。
以前、社員総会について説明した際にも述べましたが、医療法人の最も重要な意思決定機関は社員総会になります。そのため、医療法や定款で社員総会の議決が必要と定められている事項については理事長の専権で行うわけにはいかないことになります。また、理事会での議決が必要とされている事項についても同様です。
たとえば、モデル定款によりますと基本財産の設定及び処分(担保提供を含む。)や借入金額の最高限度の決定は社員総会の議決が必要となっています。また、医療法人の基本財産を処分し担保に供する際には理事会の議決も必要だとされています。
そのため、理事長が社員総会や理事会の議決を得ないで、医療法人を代表して金融機関から貸し付けを受けて病院の土地建物に抵当権をつけた、というようなことがあれば、これは理事長が権限を越えた行為をしたことになります。
では、医療機器を購入するという場合には社員総会や理事会の議決が必要なのでしょうか。社員総会や理事会の権限とされている事項にはあたらないようにも思われます。
ただ、社員総会の決議事項として「その他重要な事項」という規定もありますので、購入する機器の価格によっては社員総会の議決が必要ということにもなりそうです。
つまり、医療法、定款で定められている社員総会及び理事会の権限とされている事項に照らして、それに比肩する行為をする場合には理事長としては事案に応じて社員総会や理事会の議決を得ておいた方がよいということになるでしょう。
(平成28年2月13日 文責:弁護士鈴木沙良夢)
なお、本文の内容は作成された当時における法律や規則に基づいております。その後の法改正などにより現時点では的確ではない内容となっている場合があることをご了承ください。