医療法人

医療法人法入門8

弁護士による医療法人法入門(8)

医療法人の理事について(後編)

前回前々回に引き続いて医療法人の理事について説明をしたいと思います。前回は理事の権限や役割について説明しましたが、今回は理事の責任について解説したいと思います。


理事はどうのような責任を持つのでしょうか。これも医療法にあまり規定がないために色々な考え方ができます。
社員総会において理事が選任されると、医療法人と選任された理事の間で委任契約が成立します。
委任契約とは、ある者が他の者から委託された何らかの行為することを目的とする契約です。つまり、医療法人において、理事は医療法人から医療法人内の常務等を行うことを委託されたということになります。
このような委任契約が成立した場合、理事は医療法人に対して「善良な管理者としての注意義務」をもって職務を遂行しなければならない義務を負います。
しかし、「善良な管理者としての注意義務」と言われても何がそれに当たるのかは漠然としすぎていてわからないと思います。
私(鈴木)としては、医療法人の理事における「善良な管理者としての注意義務」とは、全国一般の医療法人の理事が平均的に持っているはずの能力できちんと注意をしながら職務をしたのかどうか、という見解に賛成しています。

(1)たとえば、医療法人の理事が、何の理由もないのに医療法人の口座から100万円を理事個人の口座に振り込んだとしましょう。いわゆる着服・横領です。
これは、おそらく全国一般の医療法人のどの理事であっても、やってはいけないことであることは分かるでしょう。そのため、「善良な管理者としての注意義務」を果たしていないということは明らかでしょう(この設例では不当利得で返還を求めることが出来るのではないかということについてはひとまず置くとします)。

(2)ある医療法人の理事が、職務として庶務、行政への届出や登記関係業務を担当するものとされていたとします。しかし、その理事が、毎年義務づけられている資産の総額の登記を怠っていた場合はどうなるでしょうか。
全国の一般的な医療法人の理事として、毎年ごとに資産の総額の登記をしなければならないということは知っていなければならない事柄といえるのでしょうか。
資産の総額の登記を毎年しなければならないことについては、法律で定められていることですから、おそらくは医療法人の理事として知っていなければならない事柄であって、担当理事として登記しておかなければならなかったと判断されるかもしれません。ただ、微妙なラインといえるかもしれません。
たとえば、担当理事が医療法人の顧問税理士・司法書士・弁護士といった専門家に登記関係の業務を全部任せていたというような場合で、その専門家が特に指摘や指導をしなかったというような状況でも、その理事が「善良な管理者としての注意義務」を果たしていなかった、といえるかとなると判断は分かれてくるのではないかと思います。

(3)ある医療法人の理事が、介護事業への進出を強く主張して、その理事主導の下で介護事業に乗り出したとします。なお、この介護事業への進出は医療法人の社員総会・理事会の賛成多数で決議を得た上で行われたものとします。
しかし、数年後、介護事業部門が不振に陥りやむなく撤退することになり、医療法人に多額の負債だけが残った場合にはどうでしょうか。
では、この場合に介護事業を主導していた理事が「善良な管理者としての注意義務」を果たしていなかった、といえるかとなるとこちらも判断は分かれてくるのではないかと思います。
絶対に失敗しない事業というものはありませんし、実際に医療法人も社員総会・理事会で機関決定をしているという点に注目すれば、「善良な管理者としての注意義務」を果たしていたと言えそうです。
一方で、理事が社員総会・理事会に対しては実態とは全く異なる計画案を提出していたというような場合や、介護事業を行うにあたって杜撰な経理処理をしていたなどということがわかれば「善良な管理者としての注意義務」を果たしていなかったということにもなりそうです。

このように、「善良な管理者としての注意義務」を果たしていたか、いなかったかについては状況に応じて色々な考え方が出てきます。

また、ある理事が「善良な管理者としての注意義務」を果たしていなかった場合、医療法人は理事に対して損害賠償を求めることになります。
先ほどの例ですと(1)では100万円と損害額は明確にわかります(不当利得返還については置くとします)が、(2)や(3)については簡単には金額は出せません。
たとえば、医療法人が理事を解任して、その理事に対して「善良な管理者としての注意義務」違反であるとして損害賠償を求めて裁判を起こしたとします。そのときには、損害の金額については医療法人の側で証明しなければなりません。金額が明確でない事案の場合にはその証明が難しいことも多いのです。
(平成27年5月1日 文責:弁護士鈴木沙良夢)

なお、本文の内容は作成された当時における法律や規則に基づいております。その後の法改正などにより現時点では的確ではない内容となっている場合があることをご了承ください。

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